「やめてよ!!」

泣き叫ぶ少年の声が駅のプラットホームに響いた。
エスカレーターを登りきった先に広がっていたのは異様な空気だった。
少年は泣きながら中年男性を見ている。
その中年男性は駅員に取り押さえられていた。
私は中年男性と少年が何か揉めているのだと直感的に感じ取った。
しかし、それはどうやら違うようだ。
「お願いだからやめてよ!」
少年は泣きながらその中年男性へとすがりつく。
仮に少年とこの中年男性が揉めているのならば、自分から近づいたりはしないだろう。
いったい少年はこの中年男性に何を求めているのか?
次の瞬間、答えが出た。
「わしが何でお前に謝らなアカンねん!」
その中年男性は同じく駅員に付き添われ前方にいた中年男性に、大声をあげた。
少年に目がいっていたので気が付かなかったが、もう1人中年男性がいたのだ。
声を荒げると同時に中年男性は詰め寄ろうとする。
駅員に制止されながら、中年男性は興奮したまま睨み付ける。
「お願いだからやめてよぉ!!」
少年の鳴き声が悲しく響く。
中年男性同士の揉め事。
少年は興奮して落ち着かない中年男性の息子。
そして必死でそれを止めようとしているわけだ。
息子にあんな思いをさせてまで、揉める必要があるのだろうか?
仮にそれが、息子に何かされたのが原因であっても結局は息子を悲しませていることになる。
単に中年男性同士の揉め事ならば、尚更、意味の無い行為。
近くに母親もいたようだが、何もしない。
まだ小さな子供が2人いたが、そんなことは言い訳にならない。
旦那が暴走してしまっているのなら、妻が制御する。
当然の事ではないか?
この事件がきっかけで、少年の心は酷く傷付いただろう。
揉め事を起こす父に、頼りにならない母。
1番しっかりしていたのが少年だった。
事の結末を見ていないので私はこれ以上のことは言えない。
ただ、とても心が沈む出来事だった。